石材店として1939年創業以来、75年の永きにわたり、仏事・ご供養に関する様々な商品・サービスを提案してきた「株式会社メモリアルアートの大野屋」。仏事・ご供養に関する様々なシーンで、お客様に寄り添い続けてきた歩みの一端をご紹介させていただきます。

"業界初"を次々に生み出す姿勢
ー創業期ー

多磨霊園の門前で後発の石材店としての船出

1939(昭和14)年3月、創業者・大澤良丈が多磨霊園の裏門(現在の小金井門)近くに石材店を開業したのが、現在のメモリアルアートの大野屋の始まりでした。当時、多磨霊園は開園から16年を数え、表門・裏門とも参道沿いはすでに他の石材店によって占められ、「大野屋」は、決して順風満帆の船出というわけではありませんでした。しかし、翌1940(昭和15)年に多磨霊園の裏門近くの区画拡張を契機に多くの建墓工事をいただくことができ、発展の足掛かりをつかむことになりました。

個人商店からの脱皮と事業展開

その後、幾多の苦難を経ながらも、創業10年目の1949(昭和24)年に「合名会社大野屋」を発足させ、個人商店からの脱皮を果たしました。会社化した後には、当時は画期的であった共同寺院墓地を企画して実現させました。そして、こうした墓地造成企画の経験が後の「柿生霊園」などの民間公園墓地誕生へとつながったのです。
商品開発も画期的ですが、「大野屋」は営業手法も画期的でした。お客様の手元にきちんとした情報をお届けしたいとの考えから、ダイレクトメールを使ったご案内を開始したのです。現在ではダイレクトメールというご案内方法が当たり前のものになっていますが、その当時、石材店がダイレクトメールを活用するというのは、もちろん業界初のことでした。
その後も、「大野屋」の業界初は続きます。1969(昭和44)年には、お客様が墓石をより求めやすくなる様にと建墓ローンの取扱いを始め、また広告の掲載を行ったのも、業界では「大野屋」が初でした。1970年代以降は積極的なテレビCMなども展開し、1973(昭和48)年に放映された小林亜星氏などを起用したCMは大変な評判となりました。

img01.jpg ▲小林亜星氏を起用したTVCM

株式会社大野屋の設立、そして「メモリアルアートの大野屋」へ

1964(昭和39)年、「株式会社大野屋」が誕生しました。当時の石材業界は成長基調にあり、高まる墓地需要に対応すべく、事業拡大と組織の発展を期したのです。「合名会社大野屋」は工事面を担い、「株式会社大野屋」が営業面を担当するという分業体制を確立することで、事業の飛躍的な成長を目指しました。
1970(昭和45)年頃、公園墓地ブームがピークを迎えていました。公園墓地は、それまでの墓地のイメージとは異なり、明るい雰囲気のものであったため、従来の重々しいダイレクトメールを刷新し、明るい公園墓地にふさわしいダイレクトメールをお届けする様になりました。そのダイレクトメールのリーフレットの中に「このご霊園にたずさわるお仕事をお引き受けしている大野屋は、そのイメージを、その記念碑を、メモリアル・アートと呼びたいと存じます」という一文を加えたのです。「メモリアルアート」という新しい言葉が誕生した瞬間でした。この「メモリアルアート」という言葉は非常に評判となり、それをそのまま社名に加え、今日の「株式会社メモリアルアートの大野屋」が誕生するに至ったのでした。

img02.jpg ▲「メモリアルアート」の言葉が誕生したリーフのコピー全文

仏壇・葬祭事業を開始
ー事業展開期ー

お客様の声をきっかけに新しいサービスを提供

1970年代後半からは、事業の水平展開が進められました。
「大野屋さんでは仏壇は扱ってないんですか」。お墓の営業担当者が、お客様からよく受ける質問でした。そうしたお客様の声に応えるべく、1976(昭和51)年に、仏具部を開設して仏壇の取扱いを開始しました。当時、石材店が仏壇を扱うという先例はなく、これも業界初の試みとして注目を集めました。さらにその後の1988(昭和63)年に葬祭サービスも開始し、お墓・仏壇・葬儀を提供できる今日の体制を確立しました。

生前予約システム「アンシア」など、
さらなるサービス充実へ

この時期の「大野屋」は、新しい商品やサービス体制の構築に積極的に取り組んでいます。1985(昭和60)年に「建墓プラン・ピラミッド」を発売して保険事業をスタート。また、1998(平成10)年には、葬儀の生前予約システム「アンシア」の受付を開始しました。そのほか、葬儀式場「おおのやホール」を開設して葬祭事業を積極的に展開したり、仏事相談等に対応する「大野屋テレホンセンター」を開設するなど、常に新しい取り組みを続けました。

ウィズ ペット・リビング葬など、新しい提案を

ペットを家族の一員として同じお墓に埋葬できる墓所「ウィズ ペット」を、2003(平成15)年に日本初で開発したのも「大野屋」でした。
 2005(平成17)年には、「フューネラルリビング小平」をオープンして、"リビング葬"という新しいお葬式のスタイルも提案し、墓石業界で初となるプライバシーマーク取得企業となりました。
 2010(平成22)年に販売をはじめた「花で送る家族葬・お葬式」は、消費者のライフスタイルの変化にマッチして、大きな反響も得ました。
 「ソウル・ジュエリー」の名称で人気を博している手元供養商品も商品アイテムは1,700点を超え、多くの方にご愛用いただけるまでになりました。

そして、未来へ
ー100周年に向けてー

2014(平成26)年、創業75年を迎える「株式会社メモリアルアートの大野屋」。この記念の年は、「大野屋」の到達点ではなく、ひとつの通過点に過ぎないと考えています。
 「大野屋」は成長を止めません。ここから続く25年も、さらにその後に続く次の100年も、さらなるサービスの充実に尽力します。今後も、仏事・ご供養に関して常にお客様に寄り添い、「故人への供養のお手伝いを通じて、お客様のこころを癒し続ける」ように努めてまいります。

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